東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)160号 判決 1986年12月24日
原告
ヴアリアン テクトロン プロプ ライエタリー リミテツド
被告
特許庁長官
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1当事者双方の求めた裁判
原告は「特許庁が昭和57年審判第1805号事件について昭和59年1月19日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文第1、2項同旨の判決を求めた。
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は名称を「原子スペクトル分析の方法及び装置」(後に「原子スペクトル分析の方法」と訂正)する発明(以下「本願発明」という。)につき、1971年1月5日オーストラリヤ国においてした特許出願に基づく優先権を主張しして昭和47年1月5日特許出願し、右出願は昭和54年7月9日出願公告されたが、株式会社日立製作所から特許異議の申立を受け、昭和56年9月3日拒絶査定があつた。そこで、原告は昭和57年2月9日これに対する審判の請求をした。特許庁は右請求を昭和57年審判第1805号事件として審理したうえ、昭和59年1月19日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日を附加)、その謄本は昭和59年2月22日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
1 分析すべき試料から原子雲を発生させ、前記試料中の検出せんとする特定の元素の吸収波長を原子放出スペクトルの波長が含み且つその放出スペクトルが前記試料原子雲の吸収スペクトル線と対応し従つて前記吸収スペクトル線の波長模様と重なる波長模様を有するスペクトル線を有するような光源からの光線を前記原子雲を通るように指向し、前記試料原子雲を透過することによつて生ずる前記放出スペクトル線の強度損失の第1の測定を行ない、前記放出スペクトル線の波長模様と前記吸収スペクトル線の波長模様との間の前記重なりの程度を変化させるための前記試料原子雲に磁界を加え、前記重なりの程度が変化されている間に前記試料原子雲を透過することによつて生ずる前記放出スペクトル線の強度損失の第2の測定を行ない、前記第1の測定値と第2の測定値とを比較して前記試料原子雲による原子吸収と非原子吸収とを区別することを特徴とする原子スペクトル分析方法。
2 分析すべき試料から原子雲を発生させ、前記試料中の検出せんとする特定の元素の吸収波長を原子放出スペクトルの波長が含み且つその放出スペクトルが前記試料原子雲の吸収スペクトル線と対応し従つて前記吸収スペクトル線の波長模様と重なる波長模様を有するスペクトル線を有するような第1の光源からの光線を前記原子雲を通るように指向し、前記原子雲によつて吸収された前記放出スペクトルの強度を測定し、前記第1の光源を消勢し、第2の光源からの光線にしてその第2の光源の原子放出スペクトルが前記第1の光源の前記スペクトル線と対応するスペクトル線を含み且つ第2の光源の放出線が磁界によつてバイアスされ、該第2の光源の前記スペクトル線の波長模様と前記吸収スペクトル線の波長模様との間の重なりの程度が前記第1の光源の前記放出スペクトル線と前記吸収スペクトル線との間の重なりの程度と異なるようにされるような第2の光源からの光線を前記原子雲を通るように指向し、前記原子雲によつて吸収された前記第2の光源の前記放出スペクトル線の強度を測定し、前記2つの測定値を比較して前記原子雲による原子吸収と非原子吸収とを区別することを特徴とする原子スペクトル分析方法。
3 分析すべき試料から原子雲を発生させ、前記試料中の検出せんとする特定の元素の吸収波長を原子放出スペクトルの波長が含み且つその放出スペクトルが前記試料原子雲の吸収スペクトル線と対応し従つて前記吸収スペクトル線の波長模様と重なる波長模様を有するスペクトル線を有するような光源からの光線を前記原子雲を通るように指向し、前記原子雲に横方向磁界を印加して前記吸収スペクトル線の成分を変位させ、前記原子雲を通過する前記放出スペクトルの部分を偏光して前記磁界が前記原子雲に印加されている間に前記吸収スペクトル線の変位成分と不変位成分とを交互に選択し、前記変位成分の強度と前記不変位成分の強度とをそれぞれ測定し、前記強度測定値を比較して前記原子雲による原子吸収と非原子吸収とを区別することを特徴とする原子スペクトル分析方法。
3 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
2 前項2の発明(以下「本願第2発明」という。)が優先権の主張を認め得ないものであるか否かを判断する。
(1) 優先権主張の根拠であるオーストラリヤ国特許出願第PA3643/71号の仮明細書(以下「本件仮明細書」という。)には、(イ)原子吸光分析における非原子吸収の影響を補償するための非原子吸収の測定に、原子吸光測定用の狭スペクトルを持つ光源とは別に、比較的広いスペクトルを有する光源を用いることが先行技術として記載されているとともに、該先行技術が2個の光源用いることにより生じる欠点を解消するものとして、(ロ)原子吸光測定用の狭スペクトルを持つ光源又は試料のいずれかに磁界を印加して、光源からの放出スペクトルと試料の吸収スペクトルとの重なりを周期的に変え、それにより原子吸光測定と非原子吸収測定とを行なう発明が記載されている。
(2) しかし、本件仮明細書は、試料の吸収スペクトルと合致する狭スペクトルを持つ光源を2個用意し、それらのうちの一方に磁界を印加して、それを非原子吸収測定光源とすることの直接的な記載はない。
(3) 原告(請求人)は2個の光源を用いることが先行技術として記載されており、狭スペクトルを持つ光源に磁界を印加することにより非原子吸収測定用の光源とすることが記載されているのであるから、本願第2発明は本件仮明細書から十分読みとれる旨主張している。
しかし、前記先行技術と本件仮明細書記載の発明との総合により、本願第2発明が容易に発明できることは認め得るが、それを理由として両発明が同一であるということはできない。
(4) したがつて、本願第2発明について優先権主張を認めることはできない。
3(1) 西ドイツ特許出願公開第1964469号明細書(1971年7月8日公開)(昭和46年10日7日特許庁資料館受入)(以下「引用例」という。)には、「試料の吸収スペクトルと合致する放出スペクトルを持つ光源を1個だけ用意し、それに周期的に磁界を印加することにより、ゼーマン効果を生じさせて、前記放出スペクトルを周期的に偏倚させ、この光源の光を試料原子雲に透過させて、その吸光度を測定し、もつて試料による原子吸光と非原子吸収とを測定する分析方法」が記載されている。
(2) 本願第2発明と引用例記載の発明を対比すると、両者は試料の吸収スペクトルと合致する放出スペクトルを持つ光源を用いて原子吸光測定を行うとともに、前記放出スペクトルを持つ光源への磁界の印加によるゼーマン効果により、スペクトルの偏倚をおこさせ、それを非原子吸収測定用の光源とした原子吸光分析方法という基本的構成においては一致するものの、前者は光源を2個備え、その一方に磁界を印加して非原子吸収測定用の光源とするとともに、他方には磁界を印加せず原子吸光測定用の光源とし、両光源からの光を選択して試料原子雲に照射するのに対し、後者は1個の光源に磁界を周期的に印加し、スペクトル偏倚された光と偏倚されない光とを交互に得、それを試料原子雲に順次照射することで相違する。
(3) 原子吸光測定用の光源とは別に、非原子吸収測定用の光源を設け、それら両光源からの光を選択して試料原子雲に照射し、それによる各吸収を測定する原子吸光分析方法は周知である。
(4) したがつて、ゼーマン効果により得られた非原子吸収測定用の光源を原子吸収測定用の光源と独立させ、それらからの光を選択して試料原子雲に照射することは当業者が容易になし得ることと認められる。そして非原子吸収測定用光源と原子吸光測定用光源とを分離させたことにより、前記周知技術及び後者と比較して、前者が格別の効果を奏するものとも認められい。そうであれば、本願第2発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められる。
4 よつて、本願第2発明は特許法29条2項により特許を受けることができないから、本願のその他の発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきである。
4 審決を取消すべき事由
審決の理由の要点のうち1、2(1)(但し2個の光源を用いる従来技術の欠点を解消する方法が光源を1個使用することに限られない。)、3(1)、(2)、(3)は認め、その余は争う。審決は、本願第2発明に係る二光源法が本件仮明細書に記載されているにもかかわらず、これが記載されていないと判断して本願の優先権主張を否定したものであり、仮に右の記載がないとしても、審決は、本願第2発明は引用例記載の発明から容易に推考し得るとの誤つた判断をしたものであるから、取消を免れない。
1 本件仮明細書の誤認(取消事由(1))
(1) 本願第2発明は、①2個の光源を有し、2個とも狭帯域スペクトルを放出する単色光光源であり、②その片方の光源に磁界をかけ、磁界によりその光源の放出スペクトルの波長を変化させ、③2個の波長の異なる光源を切り替えて試料に導き、それぞれ原子吸収及び非原子吸収の吸光度を測定する方法である。
これに対し、本件仮明細書ロは、審決の理由の要点2、(1)、(イ)摘示のように、その出願前における従来技術として、狭帯域スペクトルを放出する単色光光源(以下「狭帯域光源」という。)と広帯域スペクトルを放出する連続光光源(以下「広帯域光源」という。)により試料の原子吸収及び非原子吸収を測定する方法(以下これを「旧2光源法」という。)があること、旧2光源法には別紙(1)(原文(以下同じ)4頁1行ないし6行)及び別紙(2)(4頁7行ないし27行)記載の欠点があることがそれぞれ記載されている。
(2) これらの欠点の解消は、2光源を1光源に代替する審決の理由の要点2、(1)、(ロ)に摘示される本件仮明細書記載の方法だけが有効な方法ではなく、2光源を使用することによつても可能である。本件仮明細書は、発明の目的として「これまで可能であつたものより著しく精度の高い原子分光を行う方法を提供する」と記載するのみである(4頁28行ないし5頁3行)。この記載によれば、本件仮明細書の発明が旧2光源法の欠点をすべて解消するものとは解することができず、また、その解消方法として1光源のみを用いる場合に限定する趣旨と解することもできない。
本件仮明細書には、光源1個を用いることによるほか、本願第2発明による方法を含め、光源2個を用いることによつて旧2光源法の欠点を解消する方法が示されているのである。以下この点を詳述する。
(3) 旧2光源法の別紙(1)の欠点は片方の光源に広帯域光源を用いていたことにより生ずるものである。そこで、本件仮明細書に記載されているゼーマン効果(発光体を強い磁界に入れると、そのスペクトル線が数本の線にわかれる現象)を利用すれば試料に入射する光の波長を試料の吸収波長からずらすことができるから、旧2光源法において、片方の広帯域光源を狭帯域光源に代替し(これにより2光源とも狭帯域光源となる)、いずれか一方の光源に磁界をかけて放出光の波長をずらせば、即ち、本願第2発明の方法により右欠点を解消することができる。このことは本件仮明細書出願前において当業者の技術常識であり本件仮明細書が右欠点を指摘している以上、同明細書には右欠点解消の方法である本願第2発明が記載されているものということができる。
このことは、本件仮明細書5頁8行から6頁22行に光源の波長変化に適当な周波数を加える変調手段の付加に関する記載があることからも明らかである。即ち、旧2光源法が2個の光源からの光をシヤツター等で切り替える方法(これは変調の一種である。)を含んでいることは本件仮明細書出願前において技術常識であつたから、この方法において片方の光源に磁界をかけ放しにし、他方の光源には磁界をかけず、右の技術常識にしたがつて両方の光源からの光をシヤツター等により切り替えて、右記載のように試料にに入射する光の波長変化に適当な周波数を加えれば、旧2光源法の主たる欠点を解消できるのである。
なお、変調とは通信用の搬送波に信号に対応する変化を与えて信号を運ぶ形にすることをいい、被告主張のような振幅、波長等の周期的な変動を意味するものではない。また、被告主張の変調が1個の信号を対象とするものなら、本件仮明細書中のmodu-lateを変調と訳することは、同じ用語を2個の光の交互切換えによる選択の意に用いている箇所があることに照らし(8頁22行)、不適当である。
(4) 本件仮明細書が旧2光源法の欠点解消に当たり、2光源を使用することを前提としていることは次のことからも明らかである。
(1) 本件仮明細書6頁14行ないし18行には別紙(3)のとおり記載されている。そこに記載された2つの問題は別紙(2)の(a)、(b)に関するものでいずれも光源が2個存在する場合にのみ生ずる。本件仮明細書が光源1個の場合のみを想定しているとすれば、かかる問題は生じないのであるから、別紙(3)の傍線を付したorの部分andとされなければならない。しかるに、右部分がorとされていることは、本件仮明細書が光源1個の場合に限定していないことを意味するのである。
原告は「光源や鏡を整列配置する必要性」については原告とライセンス契約を結んでいたコダツク社の光源2個を用いるLING PATENT(アメリカ合衆国特許第3、413、482号)で対処することを考えており、また、「2個の光源の強度を独立監視する必要性」については光源を周期的に切り替えることで対処することを考えていた。即ち、光源に磁界をかければ光源の強度が変化するから、2個の光源を使用する場合には測定前に磁界をかけた光源とかけない光源の双方の強度を調整することにより一致させることができるのであり、測定開始後の電圧変動等による光源の強度の変動には短時間での光源の切替えで対処できるのである。このことは本件仮明細書6頁2行ないし10行に示されている。もつとも、以上の対処は光源1個を用いる場合に比し劣つているかもしれないが、これらの対処による可能性も本件仮明細書には排除していないものと解すべきである。
(2) 本件仮明細書6頁18行ないし21行には「さらにまた、通常な(基本的な)方式で用いられた以外には光の多重屈折或いは多重反射に起因する光の損失はないのである。」と記載されている。右の「通常な(基本的な)方式」とは、2個の光源の光路を一致させるために多くの鏡やレンズを使わなければならなかつた多重屈折、多重反射を伴う従来技術、即ち旧2光源法を指す。したがつて、右記載は「さらに、光源2個の方法で用いられた場合以外には、その光の損失はない。」即ち「さらに光源1個の場合には光の損失はない」との意味である。このことは換言すれば、本件仮明細書記載の発明は2光源にも1光源にも用いられるが、前者の場合には光の損失を生じ、後者の場合にはこれが生じないということを示していると理解すべきである。そうであれば、本件仮明細書記載の発明は光源2個を用いる場合を排斥するものではない。
(3) 2個の光源を用いた場合、回路にかかる電圧の変動によりどちらにも輝度のドリフトがおこる可能性があるから、別紙(2)(b)の問題が生じる。しかし、ある特定の時間における両光源の輝度は一定である。本件仮明細書9頁19行ないし10頁30行(数学的説明)には、試料中に照射される光の強度をI0とし、試料に磁界をかけたときにその磁界中に照射される光の強度をI0'として両者の比が一定である旨記載されている。かように光の強度についてI0とI0'と書きわけていることは、本件仮明細書が光源2個の場合を予定しているからにほかならない。
もつとも、I0とI0'を試料に入射してその減光を測定する時点にはタイムラグがあり、この間に電圧変動が起こるとI0/I0'が一定でなくなることがある。本件仮明細書6頁2行ないし10行によれば、波長の変化に一定の周期を加えることにより、短時間のうちにI0からI0'に切り替えてその間の電圧変動を減少させ、また、電圧変動のパルスにI0からI0'の切替えのパルスを同調させ、その電圧変動を消去させる旨記載されている。同明細書記載の発明では2光源を用いながら右のような方法で別紙(2)(b)の欠点の解消をはかつているのである。
(4) 別紙(2)の(c)の欠点は2光源のままでも短時間のうちに光源を切り替えることにより解消することが可能であり、そのことは本件仮明細書の6頁2行ないし6行に記載されている。
(5) 本件仮明細書2頁6行目には、同明細書記載の発明が原子蛍光分析にも用いられる旨が記述されているが、原子蛍光分析は光源2個を使用するものであるから、これによれば、右発明が光源2個の場合にも適用し得るものであることは明らかである。
2 引用例との対比判断の誤り(取消事由(2))
(1) 本願第2発明は引用例記載の発明に比し、①コイルの自己インダクタンスによる誘導起電力に起因する電力をなくする、②磁化ヒステリシスによる残留磁化の影響をなくする点においてすぐれた効果を示し、また、③引用例の1光源法は測定精度が低く実用に供し得ない点において、本願第2発明より著しく劣るのである。
(2) 審決は、本願第2発明が波長変化の周波数に毎秒30ないし100回の高周波数を用いていること(本願公告公報6欄20行)を忘れ、本願第2発明も相当な低周波数と推測される引用例と同程度と周波数を用いているものと誤認している。本願第2発明のように高周波数の変調を用いれば、前記①、②はいずれも無視し得ない効果ということができるのである。
また、引用例記載の発明では、光源にホロー陰極管又は無電極放電管を用いる場合を実施例としてあげている(訳文7頁1行から11行)。しかし、この放電管においては、変動する強磁界中ではその放電管内のプラズマと磁界間の相互作用により、プラズマが不安定になり、光源の輝度が変化してしまうことが知られており、それは当然測定精度を劣化させるので、右発明は現在に至るまで実用化されていないのである。
第3請求の原因の認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認める。同4、1のうち(1)は認める、同(2)は争う。同(3)のうち、原告主張の方法即ち本願第2発明が旧2光源法の別紙(1)の欠点の解消方法であることは認め、その余は争う。同(4)は争う。同2は争う。
2 被告の主張
1 取消事由(1)について
(1) 別紙(1)及び(2)は旧2光源法の欠点を記載したものである。そして、本件仮明細書は光源2個に代えて光源1個を用いる発明により右欠点を解消できることを記載したものであるから、光源2個を用いる発明を記載したものではない。
(2) 原告が指摘する本件仮明細書5頁8行ないし6頁22行「波長変化に適当な周波数を加えること」に関する記載は、光源から発する光の波長を、適当な周波数で変化させること、すなわち、変調することを意味する。変調とは、無線通信の分野で慣用されるほか、情報処理、計測の分野でも用いられる技術用語であつて、1個の周期信号の振幅、波長等を周期的に変動させることを意味するものであるから、光の波長を変調するという場合の対象となる光は、1個を意味するものである。
したがつて、仮明細書の前記記載は、2個の光源を用いて従来技術の欠点を解消することは示唆しておらず、1個の光源から発する光の波長を周期的に変化させる(変調する)ことにより、従来技術の欠点を解消することを開示しているのである。
なお、右記載中に示される「光源や鏡を整列配置したり2個の光源の光の強さを個々別々にモニターしたりする問題は、従来の方法には存在したが、この発明の方法には存在しないのである。」(6頁14行ないし18行)との効果に関する記載は、本件仮明細書の発明が単一の光源を備えるものに限定しているものということができる。
(3) 本件仮明細書の別紙(3)の記載は、旧2光源法に存在した「光源や鏡を整列配置する必要性」と「2個の光源の光の強さを個別にモニターする必要性」とを「OR」で繋いで、並記しただけのものであるから、それが「AND」で繋いでいないことに重大な意味は存在しない。「光源や鏡を整列配置する必要性」は、光源が2個存在すればこそ生じる必要性であり、「2個の光源の光の強さを個別にモニターする必要性」も同様であるから、それらが「OR」で接続されていようと「AND」で接続されていようとこの一文は、「従来の方法」が2光源法であることを示しており、仮明細書に記載の「本発明」には、該2光源法に存在した両必要性が、存在しないことを述べているのである。したがつて、この一文は、仮明細書に記載の「本発明」が1光源法であることを示している記載である。
(4) 光源を2個用いた場合両光源の輝度の比I0/I0'を電源電圧に関係なく一定に保つことは不可能である。したがつてその場合それらを独立監視する必要があるが、光源を1個とすればかかる必要はなく、これが本件仮明細書に記載された効果なのである。また、同明細書記載のI0とは磁界を印加しないときの光源の強度であり、I0'はその光源に磁界を印加した場合の強度であつて、これを別個の光源の強度であるとする原告の主張は誤りである。
試料(火炎)に入射する光の強度I0と磁界を印加した場合の入射光の強度I0'との比が一定になるとの仮明細書の記載は、光源が2個あることを示しているのではなく、1個であることはを明示しているものである。
原告は、光源が2個存在するからI0とI0'の2つの強度が存在するのであり、光源が1個であれば、試料に磁界を印加しても強度I0は一定である旨主張するが、この主張は、磁界を印加する対象を試料であるとしていることで誤りを犯している。試料に磁界を印加するのであれば、磁界を印加した光源と、印加しない光源とを切替え使用する必要はないのである。したがつて、この磁界は光源に印加したものであり、原告が指摘する記載は、1個の光源が、磁界を印加しない状態ではI0の強度の光を放出し、磁界を印加した状態ではI0'の強度の光を放出するが、I0とI0'とは1個の光源によるものであるから、それらの比I0/I0'は常に一定になる、ということを示しているのである。つまり、光源が1個であることを明示しているのである。
2 取消事由(2)について
原告の作用効果に関する主張は、本願第2発明が波長変化の周波数に30ないし100回/秒という高周波数を用いることを前提とするが、そのような事項は、本願第2発明の特許請求の範囲には記載されていない。
周波数30ないし100回/秒での変調を行なうことに関しては、試料に印加する磁界について、それも「もし上記の波長変化に適当な周波数(例えば30~100回/秒)が与えられると、」(本願公告公報6欄19行ないし20行というように、仮定的に一実施例として記載されているにすぎず、2光源を切替える本願発明については、そのような実施例の記載すら見当らない。したがつて、本願発明は30ないし100回/秒の周波数で2光源の反復切替えを行なうものである、との誤つた前提のもとになされた、格別の効果を奏するとの主張が、失当であることは明白である。
第4証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。
2 取消事由(1)について
1 成立に争いのない甲第7号証(テレンス・ジエー・コリンズによる1985年6月19日付宣誓供述書)によれれば、オーストラリヤ国における仮明細書は、その役割が発明を限定することではなくく発明を記述することにあり、特許請求の範囲を含んでいない点で通常の特許明細書と異なるが、仮明細書による出願は12か月以内に特許請求の範囲を記載した完全明細書を提出しない限りその効力を失うこと、完全明細書の特許請求の範囲記載の発明が仮明細書に開示された事項に相当程度基礎づけられていることが必要あり、両者が本質的に同一であれば、前者は後者の優先出願日を主張できるが、それが異なれば前者はその出願日に出願されたものと扱われること、原告は本件仮明細書に後に述べる光源1個の場合のほか、2個の場合の発明が開示されているとして両者を含めた特許請求の範囲(それは本願発明と実質的に同一である)を記載した完全明細書によりオーストラリヤ国に出願したところ、特許査定を受けたこと、原告は日本外8か国に仮明細書により優先権を主張して、光源1個のほか2個の場合に関する本願第2発明同様の特許請求の範囲について出願したが、日本以外の国において優先権主張について異議はなく特許査定がされていること、但し西ドイツ国では特許査定に対し異議が申立てられ、また、同国及びオランダ国においては光源2個を用いる特許請求の範囲は便宜上の理由により審査中に削除されたことが認められる。
このように他の国において本件仮明細書中に光源2個を用いる本願第2発明が開示されていると判断されたとしても、我国の裁判所がその判断に拘束されるいわれがないことはいうまでもない。ところで、先行技術の改良を目的とする発明にあつては、改良を目的とした技術思想に基づく技術を発明として把握すべきであつて、改良の対象とされた先行技術、特にその技術において削除又は解消を必要とされる構成はもとより新たな技術思想の開示ということはできず、かかる構成を含む技術をもつて発明と認めることはできない。そして、右のような意味での新たな技術思想としての発明の開示があるか否かは、個々的な表現、単語の用法などにとらわれることなく、文献全体の趣旨から把握しなければならない。
かかる見地から、以下本件仮明細書中に本願第2発明が開示されているか否かについて検討する。
2 仮明細書中に審決の理由の要点2(1)摘示に係る記載があること、広帯域光源と狭帯域光源を用る原子スペクトル分析法である旧2光源法には別紙(1)、(2)のような欠点があり、その旨が仮明細書に記載されていること、別紙(1)、(2)の欠点は、光源を狭帯域光源1個とし、この光源又は試料原子雲(以下「試料」という。)に磁界を印加してゼーマン効果(発光体を強い磁界に入れるとそのスペクトル線が数本の線にわかれる現象)を利用する前記仮明細書記載の発明(審決の理由の要点2、(1)、(ロ))により解消できること、旧2光源法において広帯域光源を狭帯域光源とし、即ち2個とも狭帯域光源としそのうちの1個に磁界を印加してゼーマン効果を利用する原子スペクトル分析法である本願第2発明によれば別紙(1)の欠点が解消されるものであることは当事者間に争いがない。
3 前記争いのない事実及び成立に争いのない甲第2号証(本件仮明細書)、第4号証(本願公告公報)によれば、本願第2発明は、試料の吸収スペクトル線の波長模様と重なる放出スペクトル線の波長模様を有する第1の光源と、第1の光源と同じスペクトル線の波長模様を有するが磁界により印加されて右吸収スペクトル線の波長模様と重ならない放出スペクトル線の波長模様にされている第2の光源を有し、第1及び第2のスペクトル線の強度、即ち原子吸収値と非原子吸収値を測定する原子スペクトル分析法であるのに対し、本件仮明細書記載の発明は、試料の吸収スペクトル線の波長模様と重なる放出スペクトル線の波長模様を有する光源1個を用意し、試料にスペクトル線を放射するに当たり、光源に周期的に磁界を印加するか又は試料に磁界を印加するかにより(磁界を印加すれば放出スペクトル線は吸収スペクトル線と重ならない波長模様となる。)、各放出スペクトル線の強度、即ち、原子吸収値と非原子吸収値を測定する原子スペクトル分析方法であり、両者とも光源に磁界を印加しゼーマン効果を利用することにより光源からの放出スペクトル線の波長模様を変えている原子スペクトル分析方法である点において共通し、前者が光源2個を用いているのに対し、後者が光源1個を用いる点において相違することが認められる。
4 前掲甲第2号証によれば、本件仮明細書は前記のように旧二光源法の欠点である別紙(1)、(2)の事項を列挙したうえ、これに引続き「本発明の主目的はこれまで可能であつたものより著しく精度の高い原子分光を行う方法を提供することにある。更に、本発明の目的はその改善されれた方法を行うのに適した手段を提供することである。」と記載(4頁28行ないし5頁3行)していることが認められ、右記載によれば、本件仮明細書記載の発明は、別紙(1)、(2)の旧2光源法の欠点を解消することを第1の目的としているものということができる。
ところで、右欠点が光源を2個使用することに由来するものである以上、光源を1個とすることにより他に特段の支障を伴うことなく原子スペクトル分析が可能であれば、それが最も簡便にしてすぐれた方法であることは明らかである。しかして、前掲項第2号証によれば、本件仮明細書記載の目は、前記のように光源1個としてゼーマン効果を利用し光源又は試料に磁界を印加することにより、特段の支障なく旧2光源法より正確な原子スペクトル分析を可能にしているものと認めることができ、他方、同号証によるも光源2個を使用したまま旧2光源法の欠点、特に別紙(2)の欠点を解消することを示す記載は見出し得ない。
そうであれば、本件仮明細書には光源2個を使用する原子スペクトル分析方法の記載はないものというべきであるから、結局本願第2発明の開示はないものというほかない。
5 しかるに、原告は種々の理由をあげてこれに反する主張をするので、以下に検討する。
(1) 先ず、原告は、本件仮明細書の前記発明の目的に関する4頁28行ないし5頁3行の記載が旧2光源法の欠点すべての解消を目的とせず、また、その解消方法を光源1個の場合に限定した趣旨ではない旨主張するが、右主張が理由がないこは前記4に述べたところに照らし明らかである。更に付言するならば、本件仮明細書に本願第2発明が記載されているとすれば、右発明により旧2光源法の欠点(1)を解消することはできても(このことは当事者間に争いがない。)、それが光源2個を使用するものである以上いぜんとして別紙(2)の欠点は残ることになるから、同明細書の前記記載と明白に矛盾するものといわざるを得ないし、光源を1個として旧2光源法の欠点を解消する途があるのに、あえて光源2個を使用する場合を残す合理的理由も見出しがたい。かかる事情を勘案すれば原告の主張を採用する由ないものというべきである。
(2) また、原告は、旧二光源法の別紙(1)の欠点はひとつの光源に広帯域光源を使用してることに由来しており、右の欠点の指摘及びゼーマン効果に関する記載が本件仮明細書にある以上、広帯域光源を狭帯域光源に代えこれに磁界を印加した本願第2発明の構成は同明細書に記載されている旨主張するが、既に述べたように、本件仮明細書記載の発明は、旧2光源の欠点を解消するため光源1個を使用し、これに磁界を印加しゼーマン効果を利用したものであるから、欠点を記載した旧2光源法と右のゼーマン効果に関するだけの記載からは、同明細書中に本願第2発明の開示があると認めることは到底困難というほかない。
この点に関連し、原告は本件仮明細書5頁8行から6頁12行中の変調手段の付加に関する記載を理由に同明細書中に光源2個を使用する場合が示されている旨主張する。右主張は旧2光源法において用いられたシヤツター等の切替えも変調手段であることを前提とする。変調とは原告主張のように一般には「情報信号によつて搬送波に変化を与え当該信号を搬送波に乗せて運ぶ形にすること」を意味するのであり、この場合の右信号が乗つている搬送波は勿論1つであるから1つの光の波長を所要の関係をもつて変化させることが変調であるということができる。そうであれば、原告主張のように2個の光源が発する光をシヤツター等の切替手段により交互に切り替え、それを試料に加える手段をもつて変調であるということはできないから、この点において既に原告の主張は失当であるし、その他本件仮明細書中の前記記載によるも、光源2個を使用すことに関する記述を見出すことはできない。また、前掲甲第2号証によるも、原告指摘のmodulateに関する記載はゼーマン効果に関する説明に関連する部分であり、必ずしも、原告主張のように解すべきものと認めることはできないから、右記載も原告主張を裏付けるものではない。
(3) 別紙(3)記載の光源及び(又は)鏡の整列配置(甲)及び2個の光源の独立監視(乙)の必要性は原告が主張するように別紙(2)の(a)、(b)に関するもので、旧2光源法には必ず生ずる問題であり、かつ原告が指摘するor(6頁15行)とnot(同17行)の関連からみて、前記記載は「甲と乙の問題は従来の方法(旧2光源法)には存したが、本発明の方法には存しない。」と訳すべきである。即ち、右記載は「本発明の方法では旧2光源法に存在した甲及び乙の必要性はない」ということを意味し、原告主張とは逆に本発明とは光源1個の場合を指すものと解せられるのである。したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。
この点に関連し、原告は、甲の問題はLING PAT-ENT(アメリカ合衆国特許第3、413、482号)(成立に争いのない甲第9号証)で対処し、乙の問題は2個の光源を周期的に切り替えることにより対処する旨主張する。しかし、前掲甲第2号証によるも右甲第9号証に関する記載は見出しがたく、また、2個の光源の切替えについて原告は本件仮明細書6頁2行ないし10行に記載ある旨主張するが、右主張が採用し得ないことは前記(2)に述べたとおりである。
(4) 原告が指摘する本件仮明細書6頁18行ないし22行の記載は「旧2光源法によれば光の損失の問題がおこるが、光源1個の場合にはその問題はおこらない。」との意味であり、そのことは、本件仮明細書では光の損失の問題のおこらない光源1個による方法を採択しているとの趣旨を示しているものと解するのが自然である。したがつて、右記載が光源2個を使用する場合をも示しているとの原告の主張は理由がない。
(5) 原告は、本件仮明細書9頁19行ないし10頁30行の数学的説明に関する記載は光源2個を使用する場合を示している旨主張する。右主張において原告は、右記載部分中のI0'は試料に磁界を印加した場合に磁界中に照射される光の強さを示すことを前提としている。前掲甲第2号証によれば、本件仮明細書の前記数学的説明の部分には、「強さBガウスの磁界の存在下において……」(9頁29行ないしし30行)、「I0'は磁界における入射強度である。」(10頁7行ないし8行)との記載があることが認められ、これらの記載による限り磁界印加の対象が試料か光源のいずれであるか必ずしも判然としない。しかし、光源2個を用いる場合試料に磁界を印加するとすれば、各光源からの放出光が試料に入射する都度なされる磁界の断続とシヤツターによる光源の切替えを同期させるなど各種の調整手段を必要とすることが考えられるから、右の方法は技術的意義が低く、本発明が光源2個を使用することによる欠点の解消を目的とするところと合致しない。したがつて、本件仮明細書の前記記載を、原告主張のように試料に磁界を印加した場合と解すると、それはむしろ光源1個を使用する場合を示しているということができる。しかして、前記各記載は磁界印加の対象を特に限定していない以上、その対象は試料又は光源のいずれでもよいものと解され、そのいずれの方法によるも技術的意義あるものとして原子スペクトル分析が可能であるのは、光源1個を使用する場合であるということができる。かくて、本件仮明細書中の前記数学的説明は、試料に入射する光源からの光の強さをI0、その光源又は試料に磁界が印加された場合の試料に入射される光の強さをI0'とするとき、その比が一定であることを示す記載であるということができ、それは光源2個を使用する場合もあることを示す決定的な根拠となるものではない。
(6) 原告は別紙(2)の(e)の欠点は光源の切替えの方法により解消できる旨主張し、本件仮明細書6頁2行ないし6行の記載を指摘するが、前掲甲第2号証によれば、本件仮明細書の右記載部分には波長変化に適当な周波数が与えられると非原子吸収の変動が減少できることが記述されていることが認めることができるにとどまり、前記のように2個の光源からの光を切り替えることに関する記載や光の切替えによる非原子吸収の変動、火炎雑音の減少に関する記載を見出すことはできない。したがつて、この点に関する原告の主張も理由がない。
(7) 前掲甲第2号証によれば、本件仮明細書には、同記載の発明が原子蛍光分析にも用いられる旨の記述があることが認められる(2頁1行ないし10行)。ところで、前記のように、本件仮明細書記載の発明は旧2光源法の欠点解消を目的とするものであるから、光源2個を使用しながらその欠点解消に関する記載が同明細書中に見られない以上、右発明は光源2個に代えて光源1個を使用する方法を採択したものというべきである。そうであれば、前記原子蛍光分析が光源2個を使用するものであり、成立に争いのない甲第8ないし第10号証に同分析の改良方法が記載されていたとしても、そのことが本件仮明細書記載の発明が光源2個の場合をも対象とするとの原告の主張を決定的に裏付けるものとはいいがたい。
6 以上述べたように、本件仮明細書記載の発明は別紙(1)、(2)の旧2光源法の欠点の解消を目的とするものであり、右目的にそつて同明細書を解釈する限り、右発明は光源2個を使用する場合を除外しているものというほかなく、原告が指摘する同明細書中の記載部分には、一見光源2個を使用する場合をうかがわせるものがないではないが、右発明の目的と同明細書の全趣旨に照らせば、それらは以上の判断をくつがえすものではない。
よつて、取消事由(1)は理由がない。
3 取消事由(2)について
1 引用例記載の発明の内容、右発明と本願第2発明との一致点及び相違点が審決の理由の要点3(1)、(2)のとおりであることは当事者間に争いがない。
2 そこで、右相違点について検討する。
原子吸光測定のための光源と非原子吸収測定のための光源を設け、それら両光源からの光を選択して試料に照射し、それによる各吸収を測定する原子吸光分析方法が周知であることは当事者間に争いがないから(審決の理由の要点3(3))、引用例記載の発明における1個の光源に磁界を周期的に印加する代りに、ゼーマン効果によつて得られた非原子吸収測定のための光源と右効果を付与しない原子吸収測定のための光源とを設け、それら光源からの光を周期的に選択して試料に加えるようにして本願第2発明の構成を着想することは、当業者として容易であるものと認められ、また、本願第2発明により光源2個を用いた場合の効果も前記周知手段や引用例記載の発明に比し、特に顕著であることを示す証拠も見当らない。
3 原告は①コイルの自己インダクタンスによる誘導起電力に基づく電力損失の減少、②磁化ヒステリシスによる残留磁化の影響除去、③測定精度の向上の各点において、本願第2発明が引用例記載の発明にない効果を奏する旨主張するので、以下に検討する。
原告は右①、②については、本願第2発明が波長変化の周波数に毎秒30ないし100回の高周波数を用いることを前提としている。なるほど前掲甲第4号証によれば、本願明細書には右高周波を用いる場合の効果について記載されていることが認められる(6欄19行ないし24行)。しかし、本願第2発明の特許請求の範囲には右のような高周波を用いることについての記載はないから、右主張はいずれも、本願第2発明の要旨に基づかないものとして、失当というほかない。仮に、本願第2発明において右高周波を用いたとしても、前掲甲第2号証によるもその場合においてのみ、原告主張のような①の効果が認められるものとする記載を見出すことはできないから、引用例記載の発明において自己インダクタンスによる誘導起電力に伴う消費電力の問題があるとしても、そのこととの対比においてこれに関し、本願第2発明において特有の効果を奏するものということはできない。また、②の点に関し引用例記載の発明に残留磁化が生じていたとしても、それがスペクトル線の波長模様にどのような影響を及ぼすものであるかについて、前掲甲第4号証、成立に争いのない甲第6号証(引用例)によるも、本願明細書及び引用例中に何ら示されているとは認めがたいから、この点において本願第2発明が引用例記載の発明に比し、特段にすぐれているものということはできない。
次に、③の点については、前掲甲第6号証によるも引用例の原告指摘箇所(訳文7頁1行ないし11行)には光源にホロー陰極管又は無電極放電管を用いるとの記載はなく、仮に引用例記載の発明において右陰極管又は放電管を用いたとしても、それは単に光源の一実施態様を示すものであつて、光源として使用される陰極管又は放電管が右のものに限られるものでもないから、右発明において原告主張のように必ずしも測定精度が劣化するものと認めることはできない。したがつて、この点において両発明を対比し、本願第2発明がすぐれているものと断じがたい。
4 よつて、取消事由(2)も理由がない。
4 以上によれば審決は正当であるから、本訴請求を失当とし手棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用し、主文のとおり判決する。
(瀧川叡一 松野嘉貞 清野寛甫)
<以下省略>